随筆・辛いカレーライス

一年前のエッセイが出てきました。
なんと、まだインドカレーにはまる前。
拙い文ですが、暇つぶしにどうぞ。


辛いカレーライス

 

私は大食いである。今はやりの、「食べても太らないアイドル系」ではなく、「食べたら食べただけ太る系」である。ダイエットはしたいものの、食への愛は非常に強い。夜寝る前に翌日の朝ご飯を楽しみにし、通学時に弁当の中身を空想し、帰宅時の電車の中で今夜の夕飯を考えているほどだ。食欲が減らない。それが悩みでもある。

 昨日は、金曜日であった。私は日曜日にアルバイトが入っているので、土曜日が唯一の休日である。土曜日を如何に有意義に過ごすかが、私にとっては非常に大切であり、是非とも幸せな休日にしたい。そのため金曜日は絶対に夜更かしせず、気持ち良い土曜日を始めるために、翌日は何をしようか金曜の夜に考えながら寝ている。昨晩、大学から帰宅途中にパンを買った。パンよりご飯派の私であるが、最寄り駅の構内にあるパン屋のパンはとても美味しくて好きである。土曜の朝食に最適であろう。家に到着したら、まず冷蔵庫を開ける。冷蔵庫の中に二日前のカレーが冷えている。もう明日食べないと流石にまずい、というよりカレーが食べたい。土曜の昼食はカレーにしよう。冷蔵庫の横には日清食品の「ラ王」が置いてある。最近の日本のインスタントラーメンは非常に美味しく、店のラーメンに匹敵するものさえある。最近ダイエット中でもあり、カロリーはそこまで高くないし、ラーメンは好きであるから土曜の夕食は「ラ王」にしよう。前日に翌日の三食は決定した。

 今週から試験期間中であった私は、先週と今週の土曜日は無条件で勉強の一日となる予定だった。私にとって勉強することは苦ではないし、一日勉強し続けたあとの達成感は好きである。集中して勉強したいときは、大学の図書館へ行く。大学の図書館には古い書物や、文化的に重要な書物が並んでいる、静かで荘厳な雰囲気が好きである。先週の土曜日はまだ、試験期間が始まっていなかったので特に人が少なく、自分だけの図書館のように感じられた。大学に人がほとんどいないキャンパスもまた、不思議な雰囲気があり、わくわくしたものだった。明日は試験期間中ではあるというものの、台風が接近するという天気予報も出ているので、先週のように人が少ないといいと願う。

ここで私は気づく。明日は大学に行く、しかし明日の昼食はカレーである。さてどうしようか。残り物のカレーを弁当に入れてもいたんでしまわないだろうか。いや、多少いたんでしまったとしても、食べると決めたカレーを昼に食べられないほうがつらい。明日は土曜日であるし、人も少ないだろうから、カレーを大学に持って行っても大丈夫に違いない。私がいつも使っている弁当箱は二段弁当なので、弁当にカレーを入れることはできない。一つにご飯を入れて、もう一つにカレーを入れればいいではないかと読者は思うかもしれない。そんなことはできない。カレーライスというものは、カレーとご飯が混ざった状態で食べるから美味しいのである。ご飯をスプーンですくって、カレーを付けて食べるようなことはしたくない。混ぜ合わさった状態で食べたいのだ。

弁当は諦めて、大きめのタッパーにいれていくことにした。カレーライスに見合うちょうどいいサイズのタッパーを戸棚の中から探すときのウキウキ感はたまらない。大学のレンジで温められるように耐熱温度のチェックも重要だ。そして決まったタッパーは久しぶりに使うタッパーであった。明日はよろしく頼むぞ、と心で語りかけながら洗って乾かしてから、その日は布団の中に入った。

 土曜日の朝、天気予報の通り少し風が強かった。雨は降っていなかったが、振りそうな大きな雲が広がっていた。

朝食は決まっていた美味しいパンを食べて、身支度を整え、カレーを温めて昨日約束していたタッパーにご飯とカレーを半分ずつ入れた。少し冷ましてからタッパーの蓋を閉めようとすると、僅かにタッパーの蓋が緩いような気がした。ちゃんと閉まるのだが、振ったらカレーが漏れてしまう緩さがある。不安になったので、蓋の上から五重に輪ゴムを止め、ビニール袋の中に入れ、さらにそこから輪ゴムで止めて、ランチョンマットでくるみ、ナプキンとともにカバンの中に平行に入れた。もしカレーが漏れてしまったら大変だから、今日は絶対にカバンを平行に持つことを決意した。家を出て、電車に乗って大学に着くまで頭の中は「平行に、絶対に平行に」であった。

 学校について、午前中は月曜日の試験科目の勉強をした。試験期間中であったためか先週とは比べ物にならないほどたくさんの人がいた。誰もいない空き教室はなかったし、図書館の個別ブースもほとんど埋まっていた。集中して勉強していたために、気づいたら二時を回っていた。土曜は二時半で閉まってしまう購買のレンジコーナーへ急がなければならない。そう思って、弁当を入れていたカバンを開けたその時だった。――芳醇な香りのする、地獄が、私を待ち受けていた。

 カレーが……漏れている…。

 五重の輪ゴムなど、屁でもないかのようにタッパーと蓋の間から出てきたカレーよ。私のカバン平行持ちを完全に無視して出てきたカレーよ。ああ…なんと芳醇な香りがするのだろうか…。「…ぁぁぁああああああああ‼‼‼」心の中は絶叫であった。

 ここから私とカレーとの戦いが始まった。まず、漏れてタッパーの周りについているカレーを拭き取りたい。しかし人前では恥ずかしくてできない。カレーまみれのタッパーを拭いている女子なんて、華の女子大生の対義語と言っても過言ではないだろう。それも、弁当ではなく、「タッパー」なのである。急がないとレンジコーナーが閉まってしまう。焦る私。どこもかしこも人がいるので、仕方なく誰もいなそうな地下にあるトイレに駆け込んだ。トイレにはカレーの美味しそうな香りが広がる。そしてナプキンでタッパーの周りを拭く。拭きながら、ただひたすらトイレに誰も入ってこないことを祈る。タッパーの中のカレーはまだら模様にご飯と混ざり合っていた。正直、見た目はきれいではない。ゆっくり考えている余裕もないまま急いでレンジコーナーに行き、私が温め終わったところで、店員がシャッターを閉めた。

 次はどこで食べるかを検討しなければならない。今日に限って空き教室がないのである。雨が降り出していたので中庭のベンチで食べることはできない。ビル風も強かった。とりあえず、いいスペースがないか大学を歩き回っていたら、晴れている時はよく使っている屋根付きの屋外テーブルが目に入った。

 ここしかない。テーブルは十台ほどあり、三つほど埋まっていたが、私は彼らから一番離れた席に座った。タッパーの蓋を開ける。屋外でも広がるカレーのいい香り。一口食べて広がるうまみ。美味しい。しかし、弁当の中は絶対に見られたくない。ご飯とカレーがきれいに混ざり合っておらず、まさに「ぐちゃぐちゃ」だからである。テーブル脇を通る人々に気付かれないように静かに食べる。向こうに座っている人たちが私を見ている。私は風上に座っていたのだ。カレーの香りがきっと彼らの鼻の中を訪問したのだろう。彼らは私が三時のおやつにカレーを食べていると思っただろうか。こんな時間に誰も昼ご飯なんて食べていない。色々な感情が頭を駆け巡る。美味しいのに、辛い。「からい」のではなく「つらい」のだ。

 そして私の三時前の昼ご飯も終わりを迎え、最後の一口を食べ終わる。実は何度か私の脇を知り合いが通りかかっていた。思いっきり顔を伏せていたので気づかれなかった。もしかしたら彼女たちは私のことを気づいていたけれど、並々ならぬ私の雰囲気に話しかけられなかったのかもしれない。

タッパーの蓋を閉めて、ランチョンマットで包んでカバンにしまった。お茶を一口飲む。その瞬間、私を満たしたのはカレーを食べられた幸せや満腹感よりも、心の底からの安堵であったことは言うまでもない。

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